東京地方裁判所 昭和37年(ワ)1973号 判決 1963年12月14日
東京都中央区銀座四丁目四番地 原告 朝日電光ニュース株式会社
右代表者代表取締役 平石義親
右訴訟代理人弁護士 豊島昭夫
同都中央区銀座四丁目四番地ノ四 被告 合名会社ゆふきや西村商店
右代表者代表社員 馬場寛
長野市県町五二四番地 被告 北野建設株式会社
右代表者代表取締役 北野吉登
右両名訴訟代理人弁護士 荒井金雄
同 中野公夫
右当事者間の昭和三七年(ワ)第一九七三号損害賠償請求事件につき当裁判所は、つぎのとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告らは、連帯して原告に対し、金一、二五四、〇〇〇円及びこれに対する昭和三七年四月一一日より完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
「一、原告は、東京都中央区銀座四丁目四番地所在鉄筋コンクリート造り七階建のビル(通称浜一ビル)南側壁面にて電光による朝日新聞社提供のニュースの速報ならびに商業宣伝広告を営む会社であつて、右ニュース速報ならびに宣伝広告は、前面歩道に突出し、数寄屋橋方面と三原橋方面の二方面より同時に展望しうるよう設置された合掌式(二面は約四五度で開いている。)の縦型電光塔装置(地上から七、五メートルの高さのところより上部に向つて取り付けられ、ビル壁面より歩道に向つて一メートル四〇突出している。)によりなされるものである。
二、被告合名会社ゆふきや西村商店(以下単にゆふきやという。)は、昭和三六年五月ごろ前記浜一ビルの西北に隣接する同都中央区銀座四丁目四番地の四の地上に地上九階地下一階からなる建坪一二一、一二五平方メートルの鉄筋コンクリート造りのビル(通称ゆふきやビル)の建築を計画し、その建築工事を、建築工事請負いを業とする被告北野建設株式会社(以下単に北野建設という。)に請け負わせた。
三、被告北野建設はそのころ、右建築工事に着手したが、同年一二月一八日ごろ建築中のゆふきやビル南側の面に本件電光塔装置に平行して巾約九メートル、高さ約二六メートルの建築用ビデイ式パイプ足場を組み、これを天幕で包み、又ビルの前面歩道上には、軽量鉄骨鉄板張平家建物一五坪の建築事務所(別紙第一図面のとおり。)を設置し、昭和三七年三月二〇日ごろまでその状態が続いた。
その結果、原告所有の右電光塔装置の数寄屋橋方面の片側は全くその展望を妨げられることになり、商業宣伝広告を業とする原告は、致命的な打撃を受けるに至つた。
四、原告は、右のように被告らの工事により本件電光塔装置の所有権を侵害され、その使用収益を妨げられたのである。本件装置の展望を妨げているのは、直接には、右建築事務所及び足場であるが、この建築事務所及び足場は右ビルの建築工事の一環としてなされたものであり、その建築工事は、被告ゆふきやが被告北野建設に請け負わせてこれをなさしめたものであり、かつ、被告ゆふきやは歩道に接して建築されるビルの建築を注文すれば当然足場が歩道面に突出し、本件装置の眺望を害することは予見しうべき事柄であつたのであるから、同被告は被告北野建設とともに、共同不法行為者として原告に対し、右所有権の侵害による損害を賠償する義務がある。
五、昭和三六年一二月当時、原告と広告契約を締結していた会社官庁等の得意先は一八社、庁に及んだが、その後前記広告価値の激滅を理由に同年一二月末日をもつて、右一八社、庁中次の六得意先より解約を申し入れられるに至つた。
(一) 東芝音楽工業株式会社
(二) 大西造花装飾株式会社
(三) 関東罐詰食品株式会社
(四) 株式会社岩橋メリヤス工業所
(五) 東京郵政局
(六) 川崎製鉄株式会社(東京支店)
そして右五社一庁のうち、東芝音楽工業株式会社と大西造花装飾株式会社をのぞく各社、庁の広告料金は、いずれも、一ヶ月一〇〇、〇〇〇円であり、東芝音楽工業株式会社の広告料金は一ヶ月一四八、〇〇〇円、大西造花装飾株式会社の広告料金は一ヶ月八〇、〇〇〇円である。従つて、原告は、右合計六二八、〇〇〇円の広告料金から、一ヶ月一、〇〇〇円の材料費等の経費を差しひき一ヶ月六二七、〇〇〇円、昭和三七年一月はじめから、二月末まで二ヶ月分合計一、二五四、〇〇〇円の得べかりし利益金を喪失したのである。
六、よつて原告は、被告らに対し、連帯して損害金一、二五四、〇〇〇円とこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和三七年四月一一日よりこれが支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及ぶ。」と述べ
七、被告らの主張に対し、「本件建築工事が仮に建築基準法、その他の行政法規上適法なものであつても、社会生活上受忍し得ないような損害を第三者に蒙らしめることは、権利の濫用として許されないものであり違法な行為といわざるを得ない。又原告は、かかる損害発生を未然に防止せんとするため工事前よりたびたび被告らに対し、文書あるいは、口頭にて警告していたのにかかわらず被告らは原告の損害発生を充分に予知しながら、本件工事を敢えてしたものである。
本件電光塔装置の補強アングルは当初、被告主張のとおり、ゆふきやビル敷地上に突出していたが、被告ゆふきやの要求により右補強アングルを改造し、現在では、右敷地上には存在しない。ただ本件装置の先端がゆふきやビルの前面の公道上に突出しているのにすぎない。のみならずこのことは原告と被告ゆふきやとの間ですでに示談解決済みである。被告らがゆふきやビルを前面境界線より、後退して建築したという点は、不知である。と述べ、
立証として≪省略≫
一、被告ら訴訟代理人は、主文第一、二項と同旨の判決を求め、答弁及び主張として、
「原告主張の請求原因一の事実は認める。同二の事実中、被告北野建設と被告ゆふきやとの間にゆふきやビル建築についての請負工事契約があつたこと、同三の事実中、被告北野建設が原告主張のころゆふきやビル南側の面に本件装置に平行して巾約九メートル高さ約二六メートルにわたり建築用の足場を組み、これを天幕で包み、前面の歩道上に一五坪の建築事務所を設置したことは認める。(ただし、右足場及び事務所の位置形状等は別紙第二図面のとおりである。)
二、本件建築工事は、東京都の建築許可を受け、建築基準法、同法施行令に基づいてなされた完全に適法なものである。すなわち、本件工事部分は、工事現場の境界線から二〇センチメートルの地点で地盤面からの高さは約二六メートルであるから、建築基準法施行令第一三六条の四にいう「建築のための工事をする部分が工事現場の境界線から水平距離が五メートル以内で、かつ、地盤面から高さが七メートル以上にあるとき」に該当し「工事現場の周囲その他危害防止上必要な部分を鉄網又は帆布でおおう等落下物による危害を防止するための措置を講じなければならない。」のであり、しかも、本件建築工事現場は、数寄屋橋より銀座四丁目交叉点に向う道路に面した日本で最も繁華な地点であり、本件現場に接着する歩道及び車道の交通量の激しいことは、公知の事実である。又本件現場の敷地内には寸尺の空地もなく周囲は建物が櫛比の状況にある。かかる現場の状況のもとでは、工事施行者としては、細心の注意をもつて、工事より生ずる危害を未然に防止するよう、最善の措置を講ずることが必要である。
前記施行令は、このような場合につき、危険防止措置として、鉄網又は、帆布の使用を例示しているが、鉄網は破れたり、網目より危険物がくぐり抜けるというおそれもあるから、本件工事の場合は、帆布を適当と考え、工事の危険部分、特に、通路に面する部分を帆布で覆つたのである。又、建物建設の施行に当つては、その周囲に足場工作をすることは、工事の必須の条件であり、ことに、本件のように多階式高層建造物の建築工事にあつては、その周囲の危害防止のため、帆布等を張るためにも足場掛工作は必須のものである。
次に現場事務所についてであるが、現場事務所は工事作業の監視、特に、危険、火災ならびに盗難等の防止のため、工事現場の至近距離にあるのが望ましい。そこで、本件工事現場のように、敷地内はもとより、工事現場附近に現場事務所用地を求めることが全く不可能で工事現場の前面が歩道に接している場合は、この歩道を利用するのが最も効果的で、また、それが、工事の常道である。被告北野建設は、この歩道を東京都から許可を受けて、賃料を払つて借用し、全く、合法的に工事現場に接続して右事務所を設置したのである。
以上のとおり、本件工事はすべて適法な手続をふんでなされ、危険防止のため、法の要求する方法により、かつ、その方法の範囲内で細心の注意をもつて施行したもので、仮に本件工事により原告に損害が生じたとしても被告らには何ら故意又は過失がない。
三、本件電光塔装置が昭和三一年に架設された当時、右装置の後部にある補強アングルの一部が、本件土地の上空七メートル二五の地点で約七寸被告ゆふきやの土地にかかつていたので、被告は、右アングルの除去を要求し、原告に右アングルの修正除去を誓う念書を入れさせた。しかしながら、原告はその除去を確約しながら、これを実行しなかつたため、被告は本件ビルを、右電光装置機保全のためやむなく前面境界より四〇センチも後退して建築せざるを得なかつたのである。原告はこのように被告ゆふきやの土地所有権を侵害していながら、被告ゆふきやが黙認していることを幸いにして、逆に、自己の所有権のみを主張して本件のごとき損害賠償を請求することは、信義誠実の原則に反し、権利の濫用にほかならない。よつて原告の本訴請求は失当である。」
と述べ、
立証として≪省略≫
理由
一、原告は東京都中央区銀座四丁目四番地所在鉄筋コンクリート造り七階建ビル(通称浜一ビル)南側壁面にて、電光による朝日新聞社提供のニュースの速報ならびに商業宣伝広告を営む会社であり、右ニュース速報ならびに宣伝広告は、前面歩道に突出し、数寄屋橋方面と三原橋方面の二方面より同時に展望しうるよう設置された合掌式の縦型の原告主張のような電光塔装置によりなされるものであること、被告ゆふきやは、浜一ビルの西北に隣接する土地上に地上九階地下一階の鉄筋コンクリート造りのビル(通称ゆふきやビル)を建築すべく、その工事を被告北野建設に請負わせ、右北野建設はそのころ建築に着手し、昭和三六年一二月一八日ごろ、建築中のゆふきやビル南側の面に本件電光塔装置に平行して巾約九メートル高さ約二六メートルにわたり建築用の足場を組みこれを天幕で包み、なお前面の歩道上に一五坪の建築事務所を設置したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫を綜合すれば、被告らの右工事に伴う足場及び事務所設置のため、同年一二月下旬ごろより昭和三七年三月なかばごろまでの間、原告所有の右電光塔装置の片側(数寄屋橋寄り側)の展望は妨げられたことが認められる。
二、原告は、被告らの右工事のため原告所有の電光塔装置の展望が妨げられ、その所有権が侵害されたと主張するけれども、原告主張のように電光塔装置のある場所に隣接した土地上におけるビルの建築に際しビルの前面に足場が作られ、また事務所が建築された結果右装置の展望が妨げられたからといつて、これによつて直ちに原告の電光塔の所有権が侵害されたものということはできない。
もつとも、被告らが、そのビル建築にあたり、原告の営む電光塔による宣伝広告の業務に損害を与える目的で故意に不必要な足場や、事務所を造る等の社会通念上許容される範囲をこえた行為をなし、これによつて原告の営業が妨害せられたような場合には、たとえ被告らが建築関係法規に従つてこれをなしたときても、それは権利の濫用として許されず、原告はそれによつて被つた損害の賠償を請求する権利を有するものというべきであるが、このような事実はこれを認めるべき証拠がなく、≪証拠省略≫によれば、被告ゆふきやは自己の必要に基づき右ゆふきやビルの建築を計画し、その工事を被告北野建設に請け負わせ、被告北野建設はその工事を施行したのであるが、本件のような市街地における高層ビル建築については、足場を組むことが必要であり、かつ、工事現場の周囲その他危害防止に必要な部分を鉄網又は帆布でおおう等落下物による危害を防止するための措置を講ずることが建築法規上要求されており、ことに本件工事現場である東京都中央区銀座四丁目四番地附近一帯は数寄屋橋より銀座四丁目交叉点に向う通路に面した、日本で最も繁華な地点の一つで、本件現場に接着する歩道及び車道の交通はすこぶる激しく、又本件現場の敷地内には、空地もなく、かつ周囲は建物が櫛比の状況にあるため、特に危害防止に意を用いる必要があつたので、被告北野建設としては、落下物による危害防止のためには、金網よりも、天幕の方が安全性が高いと考えて前記のように天幕をもつて足場をおおつたのであり、又、失火や盗難の防止、従業員の休息のため現場又はその近接地に事務所を設けることが必要であつたが、前記のとおり、現場に余地がないので、前面歩道の上に、東京都知事の道路占用許可を受けて、こ道構台を設けて、そこに、事務所を設置したのであり、しかもこれらの工事設備はいずれも右ビルの建築工事に必要な限度の規模にとどめ、原告の電光塔やその展望に害を与えないよう細心の注意をもつてその施設をなし工事を進めたものであることが認められ、右認定を動かすべき証拠はない。
三、しからば被告らの右ビル建築工事によつて、原告の本件電光盤装置の展望が妨げられたことはやむを得なかつたものというべく、被告らの右工事が社会通念上許容された範囲を逸脱した違法のものと認めることはできない。(このことは、原告が被告らの建築工事に際して、被告らに警告を発したことがあるとしても、それによつて左右されない。)
よつて原告の本訴請求は失当として棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 位野木益雄)
<以下省略>